木質バイオマス熱利用(温水)の新たな展開~温水ボイラーの規制緩和と熱利用計画実施マニュアルの作成~

一般社団法人 日本木質バイオマスエネルギー協会

1.欧州と我が国の比較

 木質バイオマス熱利用に関心をお持ちの方は、欧州各国と我が国では、木質バイオマスボイラーの導入台数に2桁、3桁の違いがあることをご存じであろう。例えば、よく取り上げられるオーストリアと我が国の比較では、オーストリアが30万台程度であるのに対し、我が国では2千台程度と100倍以上の違いがある。人口ではオーストリアは約9百万人なのに対し、我が国は約126百万人であるのにということである。

 問題は、このような差が生まれている原因は何かということであり、そのことにも色々な話がある。それらを列記すると、①我が国はどちらかと言えば暖温帯に属するのに対し、欧州は冷温帯に属し1年のうち暖房を必要とする期間が長い、②欧州の建物では断熱性が高いうえにセントラルヒーティングが行われ、既設の化石ボイラーを木質バイオマスボイラーに替えることによって、比較的低コストで対応できた、③我が国では1950年代の燃料革命以降これまでの薪炭利用をほとんどすべて化石利用に転換したが、欧州の農山村地域では、薪炭利用が継続され、そのこともベースとしながらチップ、ペレットによる現代的な熱利用が開始された等の自然的、歴史的な背景についての指摘がある。ただし、熱需要については、我が国では暖房に加えて給湯需要が多く、このことが差を生じた要因と言えるかどうかは疑問とする意見もある。

 以上は背景についてであるが、それだけではない。1970年代の石油危機以降、エネルギーの多様化の中で木質バイオマス利用が検討され、チップ、ペレットによる現代的な熱利用が開始されたが、欧州においてもそれが順調に進んだわけではない。試行錯誤があった。それに対し、④試行錯誤の中で木質バイオマスに即して技術の議論が積み重ねられ、それがQM Holzheizwerke等にまとめられ、その技術標準に従って実施すればおおむね妥当な成果が得られるようになった、⑤木質バイオマス利用におけるもう一つの大きな問題は燃料の確保であるが、森林所有者の積極的な対応等により燃料供給者の育成や燃料供給と熱利用システムの運営を合わせて実施する事業体の設置等が進んだ、⑥ボイラーメーカーについても、新たなメーカーの参入等によりボイラーの質的向上とコストダウンが図られた、等が挙げられる。

 我が国においても、石油危機以降、ペレット製造工場ができたりしたが発展できず、2000年代以降は、RPS法等により熱利用より電力利用が中心となった。とはいえ、熱利用も各省庁の助成を受け、その取り組みは20年近くになってきたが、運営の継続性が確保でき費用負担としても妥当であると推奨できるような事例は多くなく、事業性を確保できる標準的な技術の確立もできていない。

2.QM Holzheizwerkeの考え方

 前述した欧州におけるQM Holzheizwerkeは、1998年にスイスの専門家によって開発されたバイオマス地域暖房プラント向けの品質管理システムが基になっている。1999年の嵐「Lothar」被害で欧州に風倒木が膨大に発生し、その有効利用として木質バイオマス熱利用が着目され、スイスに加え、ドイツ(バーデン・ヴェルテンベルク州等)、オーストリアも参加して、バイオマス地域暖房設備の品質管理を共同で提供する国際的な作業グループ が設立され、2004年に品質基準が作成された。

 QMの重点は、熱源プラントと暖房ネットワークの専門的な設計、計画、および実行にある。その中で品質基準は、高い操作上の安全性、正確な制御、優れた空気衛生特性、および経済的な燃料物流で、プラント全体の効率的で低排出の経済的な運用を目標としている。

 化石(石油)ボイラーと木質バイオマスボイラーの大きな違いは、負荷変動に対する追随性である。石油ボイラーでは負荷の変動に柔軟に対応できるが、木質バイオマスボイラーでは、燃焼速度が遅く負荷変動に即応できにくい。そのため、蓄熱タンクを設けることとされている。また、より効率的な運営をしていくためには、蓄熱タンクと熱導管の間の往き・還りの温度差を大きくすることが必要であるとされる。温度差が大きく取れれば、熱導管の流量は反比例して少なくすることができる。そのためには、往き・還りの温度を管理することが必要になるが、その制御を行う基本は、制御の要となる蓄熱タンクにおいて上部と下部の温度差を大きくする、温度成層が維持されなければならないということである。QMでは、このような木質バイオマスボイラーシステムの原則とともに回路の設定、制御のあり方が明らかにされている。

 しかしながら、我が国では、このような考え方が十分に取り入れられず、蓄熱タンクと貯湯タンクの違いさえ理解されていない場合が多く、蓄熱タンクとされながら実際には温度成層は殆ど行われていない。

 なお、QMについては、従来の3か国に加え、イタリアも参加して、2022年に改訂版が公開された。その中では、これまでの原則等がより分かりやすく記述されるとともに、現在の最先端技術シリーズデバイスを備えたマルチボイラーシステム、ヒートポンプと組み合わせた排ガス凝縮、他の再生可能熱源(太陽熱エネルギー、地熱エネルギー)とのバイオマス暖房プラントの相互作用などのシステムコンセプト等新たな知識が提示されている。当協会では、Holzenergie Schweiz(スイス木質バイオマスエネルギー協会)から「翻訳して公開する権利」を得てホームページにQM Planning Handbook (計画ハンドブック)を日本語に翻訳して近日中に公開することしている。

 このような欧州のQMの動きは中欧を中心としており、北欧では独自の動きがされているが、基本的考え方はおおむね一致していると聞いている。

3.ボイラー規制の緩和

 我が国で、欧州におけるような議論がなされなかった最も大きな理由は、木質バイオマスボイラーの市場性にある。既に述べたように我が国のボイラーの累計導入台数は2千台程度であり、毎年の導入台数は示されていないが、年間100台にもなっていないのではないかと言われている。メーカーからすればその程度の事業規模の木質バイオマスボイラーに対して特別の対応を検討するほどの経済的価値は大きくない。

 しかしながら、そのことについては、今後、状況が大きく変わる可能性がある。ゼロカーボンを目指す中で、化石ボイラーの販売を取りやめようという動きが出始めている。また、化石燃料の価格が上昇しておりそれがそれらの動きを加速化させる可能性もある。それに対して、将来的には、熱利用の電力化を中心にアンモニアや水素を原料とするものに転換していこうとされているが、それらは技術開発の途中であり、コストやライフサイクルとしてのGHG削減効果等についても見通しがついていない。また、熱利用を直接行うことについては、電力にしてからでなく熱そのものを利用する方がエネルギー的には効率が高い。従って、少なくとも当面の熱利用については、既存技術の活用を図っていくことが重要である。欧州で成功している内容を参考に、我が国の木質バイオマス熱利用のあり方を見直し、効率的な熱利用システムを展開し、需要の拡大図っていくことが望まれる。

 我が国で欧州のような木質バイオマス熱利用のあり方が検討されてこなかったもう一つの理由は、労働安全衛生法におけるボイラー規制の問題である。我が国では、温水ボイラーについても安全上の厳しい規制が行われ、簡易ボイラーとして認められる範囲が狭くそれ以外ではボイラー技士等の選定を義務付けられるとともに、機種についても検定や様々な検査が必要とされてきた。これに対して、この規制の基準が圧力に着目されていることを考慮し、圧力を開放し無圧化等を行う技術が開発されてきた。無圧化されたものはボイラー規制の対象外となっており、ボイラーではなく温水機と言われている。

 ただし、ボイラーが無圧式温水機の場合これまでは、これをそのまま暖房などの密閉回路につなげることはできず、両回路の間に熱交換器を設置して接続する。この結果、熱交換器のみならず、温水を循環させるためのポンプがもう1台必要となる。また無圧なのでポンプ吸込み側は負圧になり、ポンプの容量によっては、キャビテーションを起こしやすくなる。さらに、密閉式では最高使用温度で直接使用可であるが、無圧式では熱交換器によって制限され、利用可能な温度帯が下がってしまうという問題もある。このようなことから、蓄熱タンクの温度成層との接続が難しく、温度成層が行われてこなかった原因の一つとなってきた。

 これに対し、欧州では、温水ボイラーは温度が基本的に100℃を下回り圧力がかかっても爆発する危険性は高くないことから、我が国の簡易ボイラー並みの規制で対応されてきた。そのため、当協会では、この規制を緩和すべきとの要望を国の規制改革推進会議に行い、2022年3月から圧力0.6MPa、伝熱面積32㎡以下の木質バイオマスボイラーについては簡易ボイラーとすることとされた。このことにより、我が国で通常使われている木質バイオマス温水ボイラー、おおむね500kw程度以下のものについては簡易ボイラーの取扱になった。その意味では、今後は無圧式温水機ではなく有圧のボイラーが利用できるようになり、蓄熱タンク等による制御システムがより活用しやすくなる。なお、今回の規制緩和で圧力0.05MPa以下は規制対象外とされたことから、水頭圧5m以下ではボイラーの伝熱面積に関係なく熱交換器無しで蓄熱タンクと直接接続使用出来るようになった。このことにより無圧式温水機でも蓄熱タンクの温度成層管理ができるようになる可能性がある。

4.熱利用マニュアルの作成

 以上のような規制緩和の動きと相まって、当協会では、我が国における木質バイオマス熱利用(温水)の効率的で事業性にも優れたあり方を検討してきた。QMも参考にしながら技術的標準を明らかにした技術マニュアルを作成できないかと考えてきた。そのためには、標準的なものとは何かについて合意形成を図ることから始めることが必要で、これまで木質バイオマス熱利用に携わってきた学識経験者の方はもとより、コンサルタントやボイラーメーカー、ボイラーの輸入代理店等の方々にも参加をいただき、内容について議論をするとともに、それぞれの方にお願いして執筆いただいた原案についてさらに議論を重ねながらマニュアルとしてまとめる努力を行ってきた。その過程で方向性としては、規制緩和の動きもあり、原則的にはQMに示された蓄熱タンクによる管理方式が妥当ということに収斂し、結果として「木質バイオマス熱利用(温水)計画実施マニュアル」として整理できた。

 本マニュアルは、燃焼や燃料、木質バイオマスボイラーの特徴、関連機器、安全対策等を記述している基本編とシステム設計としての回路・制御のあり方、熱負荷分析、コスト・事業性評価、事業構想、FS調査・基本設計、実施設計、発注、施工、メンテナンスまで計画実施の実際を記述した実行編とからなっている。

 ここでは技術の標準を明らかにするとともに、実際の進め方も記述しており、我が国で初めての木質バイオマス熱利用の総合的な手引書になっているものと考えている。

5.木質バイオマス熱利用(温水)の新たな展開と当協会の活動

 既に述べたようにゼロカーボンに向けて木質バイオマス熱利用の推進が期待されている。そのためには、効率的で事業性にも優れたあり方を具体化し、それを実践し実績として認めてもらうことが重要である。具体的なあり方については今回のマニュアルで示した通りであるし、それを実践していく規制緩和も実現されたところである。つまり、新たな展開を進めるべき条件は整ってきたということができる。

 しかしながら、それを実践していくためには、関係者がこのことを理解し一丸となって進めていくことが必要である。

 輸入ボイラーメーカーでは、これまで輸入に当たってわざわざ開放タンク等を設置し無圧化を行ってきたがその必要がなくなり、また、それにより欧州で行ってきたより効率的なあり方も可能となることから、今後のボイラー導入に当たっては、今回のマニュアルで示された方向を取り入れていきたいとされている。ただし、新設でなく既存の化石ボイラーを転換する場合には既存の回路等を活用する必要があり、それらについては、現地に即した工夫が必要とされている。とはいえ、方向としては、今回示した方向で取り組んでいくとされている。

 その場合、もう一つの問題は、関係するコンサルタントや施設の設計者がそのような今後のあり方を理解しそれに沿った対応をしてもらうことが必要であるということである。メーカーだけでは、メーカーが一々説明することが必要となる。また、その場合、施主である事業主にも理解をしていただくことが必要である。特に、これまでの事業主は、化石ボイラーと同一の意識が強く、蓄熱タンクの設置は必要ない等と主張されることがあったと聞く。確かに蓄熱タンクが必要でない場合もありうるが、基本的には、蓄熱タンクが必要の場合が多い。蓄熱タンクにおける制御の実施が、稼働率の向上、熱効率向上、ボンプ動力低減につながり、多くの場合でランニングコストが低減し事業性が向上する。また、化石ボイラーでは、ピーク負荷に合わせてボイラー規模を選定するが、木質バイオマスボイラーでは過大な規模にならないようベース負荷を勘案して検討する必要がある。その場合、ピーク負荷に対しては、バックアップボイラーによる対応となるが、蓄熱タンクを有効利用することが重要であるとともに、例えば暖房の立ち上げ時の負荷等については事前に運転を開始しピーク負荷を減少させること等の工夫を行い、木質バイオマスボイラーの稼働率等を向上させることを検討すべきである。

 これまでは、関係するメーカーやコンサルタントにも以上のような蓄熱タンクの役割が十分に理解されず、前述のような事業主の申し出を簡単に受け止められてきたきらいもある。確かに、蓄熱タンクを設置するためには、それだけの建屋が必要となり、建屋に余裕がないと削りたいということになりかねないが、効率的な実施を確保していくためには蓄熱タンクが重要な役割を果たしていることを理解されるようにしていく必要がある。そのことが適切な規模のボイラーの選定、稼働率の向上等につながることを理解し、いわば関係者が効率的なシステムについてイニシャルコストのみでなくランニングコストも含め幅広い見地から真摯に検討いただくことが必要である。

 その場合、もう一つは国産メーカーの対応である。これまで国産メーカーは無圧式温水機等で対応されているが、輸入メーカーは新しいあり方を進めようとされており、国産メーカーがこれまでと同様でよいかということである。その辺りについては経営上の判断があり一概に言えないが、市場を現状から大きく拡大するためには、これまで以上に効率的で利便性の高いシステムを実現していく必要があり、ぜひ前向きな対応をお願いしたいと思っている。

 このような新しいあり方が定着していくためには、前述したようないくつかの課題がある。そのため、関係者に新しいあり方を理解していただくことが必要で、当協会としても、研修会の実施を行うことにしている。

 また、市場が拡大されて行くためには、これまでの注文型のあり方でなく、よりオープンな市場を形成していくことが必要で、公開できる情報はできるだけ公開し、また、それらについて質問も含め意見交換できる等の場を設定していくことが必要である。当協会としては、そのためのプラットフォームを来年度以降開設できないかを検討している。

 他にも多くの課題があると理解しているが、関係者で前向きな取り組みがなされることを期待するとともに、当協会としてできるだけの努力をし、新しい展開を後押ししていきたい。

 なお、ゼロカーボンの実現のためには、温水ボイラーに加え、蒸気ボイラーについても木質バイオマス化を進めることが必要で、そのために必要な対応は何かも含め現在検討しているところである。  

(文責:(一社)日本木質バイオマスエネルギー協会顧問 加藤鐵夫)